揖保乃糸の真実

 揖保乃糸、というのは美味しい素麺の銘柄であるが、この名前を不思議に思ったことのある方も多かろう。どうしてこんな、聞きようによっては不気味にも思える奇妙な名前がついているのか。実は私、一般にはあまり知られていない揖保乃糸の名前の秘密を知っている一人だ。秘密というほど大したことではないのだが、ここで密やかに公開することにする。まあ読んでみて欲しい。
 イボムシという虫がいる。正式な和名はなんとかかんとかスズメ(私もよくは知らない)という、スズメガの幼虫である。灰褐色をした大型の芋虫で、体長は終齢幼虫で6〜8センチになる。全身に疣状の突起があり、またその上のピンク色をした文様が人間の疣と似ているため、兵庫県のある地方では、この幼虫をイボムシと呼んでいる。そしてその地方では、このイボムシをカイコのように栽培している。そう、揖保乃糸という名前は、このイボムシに由来しているのだ。
 正確には、揖保乃糸というのはイボムシの体内に寄生する線虫のことである。寄生された幼虫は、灰褐色の皮膚がうっすらと透け、その下を無数の線虫が動き回っているのを観察することができる。農家では、このような幼虫が終齢に達すると収穫し、その腹を裂いて中の線虫を取り出す。腹には細長い白い虫が何百匹とぎっしりと詰まっていて、それを丹念に塩水でもみ洗いした上で乾燥させてできたのが揖保乃糸なのだ。イボムシの体に詰まっている糸、ということでイボの糸、なのである。
 というのは勿論デタラメもいいところの嘘八百である。グロ描写がしたいあまりについついありもしないことを書いてしまった。申し訳ない。本当はイボムシというのはそんな蛾の幼虫ではなくてカマキリのことである。カマキリは鎌で疣を切り取りそうな感じがすることからイボムシと呼ばれることもあるそうなのだ。本当である。で、このカマキリだが、子供の頃カマキリを捕まえていろいろいじっているうちにケツから変な黒くて細長い虫(ハリガネムシ)が出てくるのを見た経験がある人もいるだろう。実は揖保乃糸というのはこのハリガネムシの皮を剥いて乾燥させたものなのである。通常、ハリガネムシというのは一体のカマキリに一匹程度しか棲みついていないものだが、揖保乃糸を作っている農家では、水槽で増やしたハリガネムシを人為的にカマキリに植え付けることにより、カマキリ一体あたり数十匹のハリガネムシを寄生させて生産効率を上げている。時折、栽培しているカマキリから何かの拍子にそれらのハリガネムシが一斉に這い出してくることがあって、カマキリの全身の節という節からにょろにょろと黒い紐が出てくるのはなかなか壮絶な光景なのだそうだ。一度見てみたい。
 揖保乃糸のホームページなどに行くと、揖保川がどうのこうのと書いてあったりして、これが揖保乃糸の由来なのかなと思わせられたりもする。しかしこれはデタラメというか後付けの屁理屈なのであって、真の由来はカマキリ=イボムシなのだ。だいたい揖保川という名前からして、宿主のカマキリが水に近づくと体外に脱出して水に入るというハリガネムシの性質を反映している(つまりこの様子を見た人がイボムシの川=揖保川と名付けた)という説が有力なのである。しかし本当のことを書いてしまうと最近の人は嫌がって買ってくれなくなるので、それを恐れて無難な書き方をしているということらしい。途中で芋虫とか何とかウソ話を書いてしまったので疑う人もいるかもしれないが、この話は本当のことである。