ANVIL映画

 お友が今度公開されるANVILのドキュメンタリー映画の試写会を当てたというのでご一緒させていただいてきました。不覚にも猛烈に感銘を受けてしまい、しょうがないのでものすごく真面目に痛い感想を書いてみようと思います。ネタバレ注意ですが、でもまあネタバレも糞もないような映画だと思うのであんまり問題ないんじゃないでしょうか。

 はるか昔に一瞬だけ脚光を浴びかけたバンドのおっさんら二人が、その後すっかり鳴かず飛ばずの貧乏生活に二十ウン年も耐え忍びながら、再びシーンに返り咲きロックスターとしての名声を手にするという夢だけを生きる支えにして、50代になった今も地道に活動する、その様子を追ったドキュメンタリーです。ツアーをやっても客はほとんど入らずギャラは出ず、アルバムは親族に借金して制作。本業であるはずの音楽活動は儲かるどころか真っ赤っか、普段はしがない仕事で糊口を凌ぎ、時々休みを取って金を使ってツアーに出るという有様です。
 そんな腰砕けの毎日は、彼ら本人の濃くも愉快なキャラもあって笑いどころは異様に多い。マネージャーがアホで何度も列車を逃したりとか、一応ちゃんと演奏したのにギャラが出なくて晩飯だけ出てきたりとか。
 というふうなあらすじだけ説明すれば、ただ能天気でアホなおっさんらがうだつの上がらないバンド活動を未練たらしくいつまでもやってる情けなくも笑える映画という感じにもなってしまいますし、事実その通りでもあるのですが、実際観てみて私が抱いた感情は、とてもそんなものでは説明のつかない、複雑で激しいものでした。所謂単なる感動というのではなく、これだけ整理不能のよくわからない感情に心を満たされるというのは初めての経験です。

 細かく見れば、その感情ひとつひとつの要素は様々に分解して説明することもできます。これと思い込んだことを何十年も続けることの偉大さと愚かしさ。彼らの夢に振り回されながらも応援し続け、売れる見込みもほぼないようなアルバムの制作に大金を投資してくれる家族の暖かさ。活動を続ける中で見出す僅かな希望と、それがことごとく裏切られていく落胆と悲しみ。たとえまったく売れなくても、レコード会社に相手にされなくても、続けることにこそ意味があるという開き直りの心強さ。また逆に、一度はあれだけ注目され、多くの同業者に絶賛される才能とチャンスがあっても、こうして落ちぶれてしまうのだという恐怖。挫折を常に味わいながらもポジティブであり続ける、想像を絶する強さとバカさ加減。そして、35年という年月に裏打ちされた、あまりにも強固な友情と絆。
 強引ながらまとめれば、幸せに笑って生きるということへの真摯さを、これ以上なく強く持っている彼らの態度に感じ入ってしまったということでしょうか。2006年のラウドパークへの出演が決まり、日本の大観衆の前で演奏することになるという最後の展開は知ってましたし、それがどれぐらいの盛り上がりだったかというのも、現地にいたのでよく覚えています。それでもなお(だからこそでしょうか)、彼らがそのステージへ向かう一連の流れでは、胸に込み上げてくる感情と涙は、必死にならなければ抑えることのできないほどのものでした。彼らがどんな思いで日本のフェスへの出演オファーを受けたか。どれだけの不安を抱いて、ステージまでの道程を歩いたのか。彼らのまさに一生がかかった、あれだけの重みのある感情が、あの馬鹿馬鹿しいステージに秘められていようとは、想像もしませんでした。

 正直言って今となっては、彼らの音楽に大して注目に値するようなものがあるとは、個人的には思いません。彼ら自身にしても、本当に愉快な人達だし、その姿勢には学ぶべきところも多々あるし、35年の経験から出てきた台詞はまったく名言揃いだと思いますが、だからと言ってその生き様を見習いたいとは決して思いませんし、憧れもしません。本当にアホなおっさんらです。でも彼らは最高に輝いていたし、心底格好良かった。

 今回の試写会は、ラウドパークでの公演からたった二日後。なおかつここは映画館でもないライヴハウス。となれば、映画の本編が終わった後にちょっとしたライヴか何かあるんじゃないかということは容易に想像がつきます。スタッフロールが終わってスクリーンが上がると、案の定そこには演奏機材が据えられていて、たった今映画に出ていたメンバー達本人による生の「Metal On Metal」が始まりました。メロイックサインを掲げながら前方へ殺到する観客達。私もどれだけ歓声を上げ、ANVILの名を呼びたかったことか。でもこんな見え見えの展開にさえ、溢れる感情に胸が一杯で喉が詰まり、全力で拍手を送るのが精一杯なのでした。

 勇気をもらったとか、感動したとか、それは間違いないけれども、そんな程度ではない。そんな陳腐な言葉では到底表しきれない何かが、この映画には、ANVILというバンドの生き様には、みっちりと詰まっていると思います。私は会場で我慢した分、家に帰ってから思うさま泣き崩れました。


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